リンクバジェットが答えるのは、所与の送信電力、アンテナ利得、伝搬損失、受信機感度の条件で、受信機に到達した信号が確実に復調できるだけの強さを持つかという点である。トランシーバーのシステムは半二重が多く、携帯機はアンテナ高が低く環境変動も大きいため、リンクバジェットは工学的な直感と計画の出発点を与えるものであり、現地測定の代替ではない。具体的な数値は機器の実測値と環境に合わせて補正する必要がある。

電力は一般に dBm で表し、0 dBm は 1 mW、3 dB 増えるとおおむね 2 倍になる。アンテナ利得の dBi は等方性放射体基準、dBd は半波長ダイポール基準であり、換算では通常 dBi ≈ dBd + 2.15 を用いる。リンク表を作る際は基準を統一し、dBi と dBd の混在による 3 dB 級の誤差を避けたい。給電線損失、コネクタ損失、デュプレクサ挿入損失はすべて「その他損失」に含める。

受信側で利用できる電力は、抽象化すると次のように書ける。

[ P_r = P_t + G_t + G_r - L_{\text{path}} - L_{\text{other}} ]

ここで (P_t) は送信電力、(G_t) と (G_r) は送受信アンテナ利得、(L_{\text{path}}) は伝搬路損失、(L_{\text{other}}) は給電線、人体遮へい、マルチパスに対する余裕、気象マージンなどである。リンクを成立させるには、(P_r) が対象の変調方式と帯域幅における受信機の最小実用信号を上回り、さらに陰影損失、速いフェージング、機器劣化に備えた フェージングマージン(Fade Margin) を残す必要がある。

自由空間伝搬損失とトランシーバーの実環境

見通し内で遠方界近似が成り立つなら、自由空間伝搬損失は距離と周波数の増加に伴って大きくなる。

[ L_{\text{FSPL}} = 20\log_{10}(d) + 20\log_{10}(f) + 20\log_{10}\left(\frac{4\pi}{c}\right) ]

しかし都市部、山岳地、屋内では実際の伝搬はしばしば FSPL から大きく外れる。回折、透過、マルチパスにより、同じ距離でも等価損失は自由空間より大きくなりやすい。計画時に FSPL だけを見ると楽観的になりすぎるため、経験モデルや実測結果を併用すべきである。UHF/VHF のトランシーバーでは、アンテナ高が「つながるかどうか」に与える影響は、携帯機出力を 1 から 2 dB 調整することより大きい場合が多い。

半二重とシンプレックス

同一周波数のシンプレックスでは、一方が送信し他方が受信するため、リンクバジェットは片方向で計算すればよい。役割を逆にしたとき、アンテナ高、遮へい、保持姿勢が異なれば「片方向だけ通る」ことがある。つまり一方向は十分なマージンがあり、逆方向は不足する。レピータは高い設置点を使って下り回線を改善するため、しばしば「レピータ経由」の方が携帯機同士の直接通信より明確に広いカバレッジを持つ。

レピータの 2 ホップとボトルネック

レピータ環境では、上り(携帯機→レピータ)と下り(レピータ→携帯機)に分けて考える。実際の体感は弱い方のホップに制約されやすい。レピータの送信電力が高くても、携帯機からの上りが弱ければ、「レピータの声は聞こえるが、こちらの信号はレピータに届かない」という状況が起きる。デュプレクサやアンテナ分離が不十分だと、雑音床上昇や相互変調が生じ、等価的には追加の (L_{\text{other}}) とみなせる。

フェージングマージンとデジタル誤り訂正

マルチパスは高速フェージングを引き起こす。デジタル方式では誤り訂正とインタリーブによって了解度が改善するが、それでも設計上の余裕は必要である。人体や携帯機の持ち方によってアンテナ放射や整合が変化し、数 dB 規模の変動が生じるのは珍しくない。法規上の最大送信出力や機器認証条件は絶対条件であり、距離を稼ぐために勝手に出力超過や改造を行ってはならない。

感度・帯域幅との関係

受信機感度は通常、チャネル帯域幅、変調方式、目標ビット誤り率または SINAD と組み合わせて示される。帯域幅を狭めれば熱雑音は下がるが、法規制や隣接チャネル条件の制約を受ける場合がある。変調方式を変更すると、必要な (P_r) のしきい値も変わる。デジタルシステムでは「静的感度」と「動的感度」の差が示されることがあり、実際の移動環境ではマルチパスや周波数ずれによって有効しきい値が上がる。リンクバジェットでデータシートの静的値だけを使う場合は、実装損失環境マージンを追加するのが妥当である。

雑音制限と干渉制限

郊外や低雑音環境では、リンクは熱雑音で決まることが多い。一方、都市部や強い電磁妨害のある場所では、同一周波数干渉や相互変調が支配的となり、送信電力を上げても了解度が改善するとは限らず、むしろ干渉を悪化させることがある。周波数計画、フィルタ、アンテナ分離はネットワーク設計の課題であり、端末単体のリンクバジェットだけでは記述できない。

参考資料

専用無線システムの設計では、案件で指定された伝搬モデルとメーカーのリンク計画ツールを用いること。本稿の式は教育目的の簡略化である。